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妊娠と核医学検査

このページは核医学検査が妊娠に与える影響について解説しています。病院で放射性医薬品を使った検査をしたのだけれど、大丈夫?というお問い合わせを受けることがありますが、以下の核医学検査に関する考え方をご理解ください。なお、ここに述べたものは原則ですので、個別の状況については担当医にご確認ください。

原則

  1. 通常の核医学検査*が原因で胎児に奇形、精神発達遅滞、発育遅延は発生しない
  2. 核医学検査により胎児が被曝したことを理由として妊娠中絶をしてはならない

解説

"妊娠に気づかず核医学検査を受けてしまったけど、中絶しなければならないかしら(患者さん)"
"医学的に考えると核医学検査が必要なのだが患者が妊娠している。胎児への影響は大丈夫だろうか(お医者さん)"
といった問い合わせがときどきあります。

核医学検査は放射性医薬品を患者に投与しますので、患者が妊娠していれば胎児の被ばくが生じます。では核医学検査の際に生じる胎児被ばくはどの程度なのでしょうか。

*核医学検査とは:微量の放射性医薬品を用いて、注射や経口で薬を体の中にいれ、ガンマカメラ(シンチカメラ)やSPECT(スペクト)装置、PET(ペット)装置などで、画像を撮る検査です。身体の機能の画像診断法のひとつです。

表1 一般的な核医学的検査からの妊娠初期と出産期の胎児の全身線量

(線量は母胎からの線量と胎児自身の線量の寄与を含む)

核種 検査の種類 投与放射能
(MBq*2)
妊娠初期
(mGy*3)
妊娠(9ヶ月)
(mGy)
Tc-99m 骨シンチグラフィ 750 4.6-4.7 1.8
Tc-99m 肺血流シンチグラフィ 200 0.4-0.6 0.8
Tc-99m 肺換気シンチグラフィ(エアロゾル) 40 0.1- 0.3 0.1
Tc-99m 甲状腺シンチグラフィ 400 3.2- 4.4 3.7
Tc-99m 赤血球(心臓の検査など) 930 3.6-6.0 2.5
Tc-99m 肝シンチグラフィ(コロイド) 300 0.5-0.6 1.1
Tc-99m 腎シンチグラフィ(DTPA) 750 5.9-9.0 3.5
Ga-67 腫瘍・炎症シンチグラフィ 190 14-18 25
I-123 甲状腺摂取率*1 30 0.4-0.6 0.3
I-131 甲状腺摂取率*1 0.55 0.03-0.04 0.15
I-131 甲状腺癌転移診断*1 40 2.0-2.9 11.0

*1) 胎児の甲状腺の線量は全身線量よりもかなり高く、I-123 で5 - 15 mGy/MBq、I-131で0.5 - 1.1 mGy/MBqである。

*2) MBq (メガベクレル、放射能量の単位), *3) mGy(ミリグレイ、吸収線量の単位)

表1より、胎児被ばくはよく行われるTc-99mを使った検査では10mGy以下、最大でもGa-67の25mGyであることがわかります。ではこの被ばく線量は胎児にどのような影響を与えるのでしょうか。胎児被ばくが胎児に与える影響を解説する前に知っておくべき基礎事項が2つあります。

  • 基礎事項1:先天異常の自然発生率が約3%
    • 一般に先天異常の自然発生率は約3%といわれています。これは核医学検査を受けていなくても存在する確率です。
  • 基礎事項2:確定的影響と確率的影響
    放射線の生物に与える影響として確定的影響と確率的影響の2種類があります。
    • 確定的影響:しきい線量以下の被ばくではその影響は発生しません。しきい線量以上の被ばくではじめて影響が発生し、被ばく線量の増加とともに症状の重篤度が増していきます。
    • 確率的影響:しきい線量はないと仮定されています。被ばく線量が増えると発生頻度が増えます。
表2 胎児への放射線の影響
影響の種類 胎生期の区分 期間 発生する影響 しきい線量
(mGy)
確定的影響 着床前期 受精8日まで 胚死亡 100
器官形成期 受精9日 - 8週 奇形 150
胎児期 受精8週 - 25週 精神発達遅滞 200-400
胎児期 受精8週 - 40週 発育遅延 500-1000
確率的影響 全期間 全期間 発癌と遺伝的影響  

核医学検査で胎児被ばくが100mGyをこえることはないので核医学検査が原因で胚死亡、奇形、精神発達遅滞、発育遅延は発生しません。
ではしきい線量がないとされている確率的影響は核医学検査でどの程度増えるのでしょうか。

表3 胎児の吸収線量と奇形または癌にならない確率
胎児の吸収線量
(mGy)
子供が奇形をもたない確率
(%)
子供が癌にならない確率
(年齢0 - 19歳)(%)
0 97 99.7
0.5 97 99.7
1.0 97 99.7
2.5 97 99.7
5.0 97 99.7
10 97 99.6
50 97 99.4
100 97に近い 99.1

核医学検査でうける胎児被ばくは最大でも25mGyですので小児癌の発生率はほとんど上昇しないことがわかります。遺伝的影響については原爆被爆者およびその子孫の疫学的調査等の人間に関するデータから放射線による遺伝子異常が子孫に伝えられるリスクは確認されていません。

以上を要約すると
核医学検査で胎児被ばくが100mGy(しきい線量)を超えることはない。したがって核医学検査が原因で胎児に奇形、精神発達遅滞、発育遅延は発生しない。
したがって核医学検査により胎児が被曝したことを理由として妊娠中絶をしてはならない。

胎児被ばく線量を減らす工夫

  1. 放射性医薬品の投与量を減らす。
  2. 母親は多めの水分補給をする。
  3. 母親は頻繁に排尿 する。
解説
放射性医薬品の投与量を減らす
  • 放射性医薬品の投与量を減らすことで胎児の被曝量を減らすことができますが注意すべき点があります。
  • 核医学検査の特徴として一定の範囲で放射性医薬品の投与量を増やすと検査で得られる情報量が増え、投与量を減らすと得られる情報量が減るという特性があります(右図のカーブ)。
  • 放射性医薬品の投与量を減らして核医学検査をしたものの診断に必要な情報量を得られなかったというのでは検査の意味が無くなってしまいますので、診断に必要な情報量を得られるだけの必要最低限の投与量というものが存在します。
  • この必要最低限の投与量は検査の内容により変わりますので個別の状況については担当医にご確認ください。
母親は多めの水分補給をする
  • 多くの放射性医薬品は尿として体外に排泄されます。
  • 水分補給をすることで尿をたくさん作り、よりはやく放射能を体外に出すことで被ばく線量を減らします。
母親は頻繁に排尿する
  • 上に述べたように多くの放射性医薬品は尿中に排泄されます。
  • よって母体の膀胱内にたまった尿から出る放射線は胎児被ばくの原因となります(図)。
  • そこでたくさん尿を作ると同時に頻繁な排尿により膀胱内の放射能を減らす工夫も必要です。
  • なお、消化管から便として排泄される放射性医薬品については下剤の使用は胎児被ばくの低減には役に立たないといわれています。

補足 : 核医学治療と核医学検査は別もの

治療の場合

比較的よくおこなわれる核医学治療として

  1. 甲状腺機能亢進症に対するI-131治療
  2. 甲状腺癌に対するI-131治療
  3. 褐色細胞腫およびその類縁疾患に対するI-131- MIBG治療

がありますがこれらの目的はあくまで疾患の治療であり、診断を目的とする核医学検査とは投与する放射能の量や放射線の種類が大きく異なります。これら核医学治療の絶対禁忌は妊婦、授乳婦です。したがって核医学治療が妊婦に施行されることはありません。よって核医学治療における胎児被ばくは考慮する必要がないので、上記の解説からは治療に関連したものは除外してあります。

検査の場合

一方、妊婦の核医学検査についても、不必要な被ばくを避けることは原則ですので、まず検査前に放射線を用いる検査の適応があるかどうかを確認する必要があります。
その上で、検査が行われなかったときの母親のリスクの方が、胎児の放射線リスクよりも大きい場合には、検査を施行することを選択する場合もあります。
この場合でも、投与量を減らす、母親の水分補給、頻繁な排尿など、被ばくを低減する処置を検討すべきです。また、胎児の被曝量を減らす工夫をすべきです(2004/1/9追記)。

参考資料

  1. 妊娠と医療放射線 (ICRP Publication 84) 初版 日本アイソトープ協会 発行
  2. 最新臨床核医学 第3版 金原出版株式会社
  3. 放射線概論 第5版 通商産業研究社