Case MS01: 症例報告
虚血性心疾患の疑い患者に対する64列MDCTと心筋血流イメージングとの融合画像の臨床的有用性
- 金沢大学附属病院 核医学診療科 松尾信郎 中嶋憲一 絹谷清剛 アイソトープ部 山田正人
Combined use of 64-slice computed tomography angiography and gated myocardial perfusion imaging for the detection of functionally relevant coronary artery stenoses
Shinro Matsuo, Kenichi Nakajima, Seigo Kinuya, Masato Yamada
要旨
64列MDCT画像による冠動脈造影は冠動脈の血流の機能的な情報を得ることができない。心臓CTで得られる解剖学的情報に、核医学で得られる機能的情報を加えることで、虚血部位の詳細な同定まで可能となる。 対角枝など小血管に起因する心筋虚血を明瞭に描出可能 狭心症の責任血管の機能的狭窄の同定ができ、治療戦略に役立てられる。狭心症症例においてMDCTと心筋血流イメージングの融合画像を作成し臨床的有用性を検討した。
はじめに
- 近年、64列MDCT(multi detector-row computed tomography)が広く臨床で用いられるようになった[1-10]。 形態画像であるMDCTは虚血性心疾患の診断情報は不十分であり、機能情報が不可欠となる。
- 心臓核医学検査は心筋虚血診断やリスクの層別化において他のモダリティと比べ優位性がある。心筋血流検査で狭窄病変あるいは冠動脈全体における冠血流の相対的分布が評価できる。狭窄病変の重症度の生理学的、機能的評価が可能となり心臓核医学検査とMDCTの融合画像によって虚血の広がりと責任冠動脈との関係を容易にかつ正確に認識することが可能となった[11-13]。
- 当院での融合画像で虚血性心疾患の評価をおこなった金沢大学附属病院で狭心症の疑いがありMDCTを施行された。40歳代男性の症例を呈示する。
撮像方法と評価法
- 当院で使用しているMDCTは、GE社製Light Speed (64列)である。また,ワークステーションは GE用いている。本症例のMDCTによる3D画像を図1に示す。
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Fig. 1 |
- 前下行枝近位部に強い石灰化病変を認める。冠動脈のMIP画像を示す。左冠動脈前下行枝と右冠動脈近位部に石灰化病変を認めた。
- 8列MDCTを用いて虚血性心疾患患者50例において同時期に従来からの冠動脈造影とマルチスライスCTによる冠動脈造影とを比較した。冠動脈造影をgold standardとした時のマルチスライスCTによる冠動脈狭窄病変の診断感度は80.2%,特異度は95.6%であった[1-3]。
- 我々の施設ではvolume rendering(VR)画像を参考画像として用い、axial画像、MPR画像、MIP画像により3次元画像診断を行った。これにより、我々の施設においても冠動脈狭窄病変を正確に診断することが可能であった。
- 但し、CTの狭窄度と冠動脈造影の狭窄度は必ずしも一致しない。冠動脈造影で正常と診断された場合でもマルチスライスCTによりプラークが存在し軽度の狭窄病変と診断する症例が存在する。イマトロンCTによる冠動脈石灰化評価検出は冠動脈硬化の指標であるが、マルチスライスCTにおいてもより鮮明に石灰化の評価が可能であった。読影という目的のためにより重要なのはMPRである。患者への説明にはわかりやすいVR画像を用いて行っている。検査により先天性冠動脈起始異常(単冠動脈)や血管起始異常が偶然にわかることがある[6-8]。
ステント内評価および石灰化
- 現在のインターベンション治療においてステント留置が治療の主流である。現在主流であるステンレス・スチールやナイチノールステントの内腔は十分評価可能である。最近日本でも薬剤溶出ステント(DES)が使用できるようになり、ステント留置後の新生内膜増殖を抑制することで再狭窄率が一層減少することが期待されている。8列MDCTではステントの開存部位の有無をステントに直交するラインでプロフィールカーブを作成し、ステント内のCT値を計測することで診断した。これによりステントの開存の有無に関しては100%診断可能であった(100%: 13/13)。
- しかしながら、ステントの内腔は、ステントによるアーチファクトのために評価が困難となることが多い。特にステント径が小さいほど評価は困難である。ステント径が3.5mm以上あり、心拍数が60/分以下であれば通常のcurved MPR像によってステント内腔の評価を行うことができる。我々は冠血行再建術後の症例の一部に対してはマルチスライスCTのみで経過観察を行っている。
- DESによって再狭窄率が減っている現状があり、経過観察の冠動脈造影マルチスライスCTにより再狭窄の評価ができれば医療費の抑制や患者負担の軽減の観点からも有用である。
- 冠動脈の石灰化はMSCTでの冠動脈の内腔の評価には妨げになり得る。石灰化が多い症例では冠動脈硬化症の存在するリスクが高いことが報告されている。実際に高度の石灰化例においては、axial像にて石灰化病変を観察し内腔の狭窄を評価することが必要である。高度の石灰化例やステント留置症例ではプロフィールカーブを書いて、解析方法を工夫することにより、ステントの開存性を評価可能となる。冠動脈細分枝は細分枝を末梢まで完全に追える場合に細分枝の描出可能と判断した。冠動脈細分枝の描出能は右室枝(RV branch)において91%,第一対角枝(#9)においては87%であった。本症例の64列MDCTによるMPR画像を図2に示す。
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Fig. 2 |
- 前下行枝の内腔の狭窄が認められた。前下行枝近位部の石灰化病変部位に冠動脈狭窄の存在が認められた。石灰化部位の狭窄度の評価においてMDCTは有用であった。
プラーク評価
- 不安定プラークの特徴は薄い線維性皮膜(fibrous cap)やcalcified nodule, びらん(erosion)があげられる。
- 血管内超音波と血管内視鏡が臨床的に利用される検査法であるが、多数の症例において外来において臨床応用するためには、より非侵襲的な評価が必要である。MDCTを用いて10例、31の狭窄部位においてMSCT冠動脈内視鏡のプラークの性状評価を比較検討した結果、lipid coreを含む(破綻しやすい)soft plaque(n=8, CT値17±24 Houns-field単位、HU)、比較的安定な中間群(fibrous plaque:n=8,CT値98±21 HU)、石灰化plaque(n=13, CT値499±192 HU)をCT値より鑑別可能であった(3)。これにより血管内超音波(IVUS)を用いて観察されたプラークの所見をMSCTにおいてプラークを観察することができ、IVUSで観察された線維性プラーク、脂質コアと線維性皮膜の観察が8列のマルチスライスCTにおいても可能であった[1]。
- プラークのCT値を測定する際には留意しておく点がある。造影によるpsudoenhancement、心拍動による影響、partial volume effect,石灰化による影響、プラークの不均一性やプラークそのものへの造影効果などである。これらの要因はCT値に少なからず影響するため、CT値の測定精度についての血管径や心拍数によって変動する可能性も報告されているが、基礎的な多くの検討が望まれる。病変部位のリモデリング(remodeling)は病変部の近位側と遠位側の両方を比較し、病変部の血管径が増大していればpositive remodelingといい、血管径が減少していればnegative remodelingと呼ぶ。negative remodelingの方がpositive remodelingより、ステント留置後の内膜増殖が少なく、ステント留置術後の成績が良い。また、positive remodelingを来している病変部にはプラークが多いことがわかっている。
- 今後は血行再建術の施行前に病変部のプラークやremodelingの情報を非侵襲的に観察することも循環器内科医には有用である。また、強力な脂質低下療法によりプラークの面積が減少することが、血管内超音波検査を用いた研究により明らかにされた。抗動脈硬化薬の治療効果判定にマルチスライスCTを用いた画像診断が臨床応用され,プラーク量を測定できる可能性があると考える。
- 不安定プラークの性状の特徴は脂質の情報だけではなくマクロファージ、好中球の浸潤やプラーク内のcalcified nodule、線維性皮膜、血管のリモデリングなど今後の検討が必要である。本症例の前下行枝近位部病変の狭窄は石灰化プラークであった。プラークの同定はcurved MPR像によって行った。MDCTで評価可能なプラークの評価は、形態、サイズ、性状、石灰化の局在などである[10]。
運動負荷MIBI心筋シンチグラフィ
- 心筋虚血評価のために運動負荷MIBI(sestamibi)心筋シンチグラフィが施行された。SPECT装置(シーメンス社製シンビア)を用いて撮影を行っている。
- 運動負荷MIBI心筋シンチグラフィはエルゴメーターを用いて負荷を行い、負荷終了一分前にMIBI(Fuji film RIファーマ)370MBqを静注し投与後30分以上あけて撮像した。同日に再度MIBI740MBqを静注し30分以上あけて撮像を行った。運動負荷MIBIのSPECT像を図3に示す。
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Fig. 3 |
- 負荷時の前壁中隔および下壁の心筋かん流異常をみとめる。安静時像で前壁中隔にfill-inを認める。QGSによる左室壁運動評価を図4に示す。
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Fig. 4 |
- 運動後の一過性心拡大と左室駆出率の低下が検出された。
- これはいわゆる”post-stress dysfunction”として多枝病変でしばしば認められる所見である。従来の非ゲートの心筋SPECTでは内腔の拡大や肺野活性の亢進といった所見で診断していたが、Gated SPECTでは心機能の異常が容易に検出できるため、高リスクであると明確に診断できるようになった。本症例では運動負荷心筋シンチグラフィの結果から冠動脈造影検査が施行され、前下行枝近位部の狭窄病変が確認された。
融合画像の作成
- シーメンス社製ワークステーションを用いてSPECT画像とMDCT画像の融合画像の作成を行った。
- 虚血の存在とその部位の同定や責任冠動脈との関係を視覚的にわかりやすく表示することができた。融合画像を図5に示す。
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Fig. 5 |
- MDCTによる冠動脈造影は冠動脈の血流の機能的な情報を得ることができない。Hackerらは64列MDCTであっても心筋虚血を検出できなかったと報告している[11]。
- 心臓CTは形態画像なので虚血性心疾患の診断としての情報は不十分でありMDCTで冠動脈形成術の適応を判断することは困難である。心筋虚血や心筋バイアビリティの有無といった機能的評価を加えることが循環器疾患の管理には重要と考えられる。 今後、心臓SPECT/CT fusion画像など非侵襲的画像診断の普及はさらに進むことが予測される。
- 心臓CTで得られる解剖学的情報に、核医学で得られる機能的情報を加えることで、虚血部位の詳細な同定まで可能となる。 対角枝など小血管に起因する心筋虚血を明瞭に描出可能 狭心症の責任血管の機能的狭窄の同定ができ、治療戦略に役立てられる[12]。
- 複数社GE社製MDCTとシーメンスSPECTであっても融合を行うことができる。 融合画像がルーティン検査として使えることで質の高い虚血性心疾患の診断と治療が可能となる可能性がある。胸痛を訴える患者さんの検査として負荷心筋シンチグラフィとMDCTを行えば循環器の非侵襲的評価は完結する[13]。 循環器診療で重要なリスク評価は負荷心筋シンチグラフィで行う必要があつことから心筋血流評価は不可欠な検査である。
- ただし融合画像が普及して行くには表示した画像の検証が必要である。融合画像の技術的トレーニングや研究活動を行いながら、プラークの同定、形状評価の情報と冠動脈血流予備能の関係があきらかになっていくだろう。心臓核医学専門医やSPECTの読影に十分なトレーニングを積んだ医師にはSPECT画像を自らの頭で形態画像と融合して読影にあたるためMDCTとSPECTの融合画像は必ずしも必要ないかも知れない。しかし、心臓核医学になじみのない一般内科医師や、代謝内分泌内科医師、若手循環器科医師にとって融合画像によって心臓核医学画像の読影が優しくなり病態の理解が進み心臓核医学検査がより身近な検査となって臨床利用されていくことが期待できる。
参考文献
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- Matsuo S, Nakamura Y, Matsumoto T, et al. Noninvasive evaluation of coronary artery plaque with electrocardiographically-gated multislice computed tomography. Comput Med Imag Grap CMIG Extra Cases 29:13-18, 2005.
- Matsuo S, Matsumoto T, Nakae I, et al. Evaluation of cardiac resynchronization therapy in drug-resistant idiopathic dilated cardiomyopathy by means of Tc-99m tetrofosmin ECG-gated SPECT. Exp Clin Cardiol 9(4);248-250,2004.
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- Matsuo S, et al. Churg-Strauss syndrome presenting with massive pericardial effusion; case report and review of the literature. Heart Vessel 2006 (in press).
- 松尾信郎 マルチスライスCTによる心臓血管イメージング 日本放射線技術学会 61(9),1309-1317,2006
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- Gaemperli O, et al. Cardiac image fusion from stand-alone SPECT and CT: clinical experience. J Nucl Med 2007 48(5):696-703
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Update: Jun04, 2008